湯布院で見つける、大人の時間に出合う旅
湯布院温泉は熊本県の黒川温泉と共に、一大ブームを呼んだ人気温泉観光地。もちろん現在も九州で常にベスト5に入る人気を保っている。かつて、温泉県大分の温泉地の中ではマイナー的存在だった湯布院温泉を押し上げたのは音楽祭や映画祭による町おこし。「文化の香り」が湯布院温泉の魅力の原点だ。湯布院を旅するなら、温泉と共に文化に浸る大人時間を過ごしてほしい。
現代アートに浸る、屋外アートに憩う
COMICO ART MUSEUM YUFUIN
薄暗がりの展示室で作品と語り合う
知っての通り、「由布院」のメインエリアは徒歩で回れるほどコンパクトだ。小さなエリアに物販店、飲食店、観光スポットがぎゅっと凝縮されている。「COMICO ART MUSEUM YUFUIN」もJR由布院駅からほぼ一直線コースで徒歩10分。予約制の美術館というのは珍しい。開館は2017年10月。建築デザインは今や日本建築界をけん引する隈研吾だ。村上隆、杉本博司の作品からスタートし、2019年に奈良美智(よしとも)作品が加わった。
そして2022年7月に展示エリアを増築し、世界的なアーティスト草間彌生ら7作家46作品を展示する現代美術館としてグランドオープンした。本館は草間彌生の代表的な「かぼちゃ」のモチーフ作品と制作活動初期からの「インフィニティ・ネット」の作品を展示している。新館入口には宮島達雄のデジタルカウンター「Time Wate Fall」を設置。黒い柱に青光りするデジタル数字がランダムに流れ落ちる。
さて、このギャラリーの大きな特徴は室内照明を極限まで落としたところにある。展示室に入ると、そこにはほの暗い空間が広がり、作家の作品だけに目が向けられるように照明が調節されている。
それがどれだけ作品鑑賞に効果的なのか、無意識のうちに体感できる。草間彌生の精緻なまでの網目模様や水玉模様の無限世界に引き込まれ、作品だけに意識が集中する。まさに作品と鑑賞者だけの関係になるのだ。そしてそれは新館の杉本博司の繊細なモノクロ写真や一見明るくてポップでありながら、見る者にどこか空虚な想いを語りかけてくる村上隆の作品の鑑賞でも同じだ。予約制で入館者数を限定していることもあるが、無駄なものが目に入らず、無駄な音が耳に入らず、ひたすら作品に見入っていられる。そしてそれが何と贅沢なことか。
由布岳の山容を借景にしたアート
さて、新館2階はオープンギャラリーだ。大きな三角屋根構造の室内は展示室とは打って変わって、壁一面の窓から陽光が降り注ぐ。窓の向こうは屋上を利用した屋外ギャラリー、そして湯布院のシンボル由布岳が目の前にそびえ立つ。大型オブジェ作品は伸びやかな湯布院の自然と共に鑑賞してほしい。そんな美術館の考えが伝わる。
オープンギャラリーに向かって立つのは2019年に加わった奈良美智の「Your Dog」。真っ白な巨大な犬が物思いにふけっているように目を閉じている。作者の子供の頃の心象風景であり、何もかも大きく見えた子供時代の犬の姿を通じて自分自身を見つめてほしいというメッセージだと言う。
新館誕生で加わったのは森万里子の彫刻作品「Eternal」と名和晃平の彫刻作品「Ether(lava)」。「永遠」という意味である森の「Eternal」は、終わりも始まりもないメビウスの輪を表している。宇宙で永遠に繰り返される生と死は輪廻転生ととらえ、目には見えない存在があるという。そして名和の「Ether」とは「常に輝き続けるもの」であり、宇宙を満たしていた未知の物質。それが地上に降りてきて、また天に帰ろうとしている様子を表現している。確かに二人の哲学は自然を借景にしてこそ生きるのかもしれない。
COMICO ART MUSEUM YUFUINデータ
所在地 大分県由布市湯布院町川上2995?1
電話 非公開
開館時間 9:30 ~17:00(最終入場 16:00)
休館日 水曜日・1月1・2・11日
入館料 一般1,700円、大・専門学生1,200円、中・高校生1,000円、小学生700円、小学生以下無料
COMICO ART MUSEUM YUFUIN公式サイト
太宰治の作家人生を辿るひととき
ゆふいん文学の森の碧雲荘
文学好き、とりわけ太宰治好きなら湯布院インター近くにある「文学の森」は外せない。観光客で賑わう湯の坪通り界隈とは異なり、湯布院本来の静かな地域にある。それがまたいい。丘を少し登った土地に東京・杉並区にあった昭和初期の家屋が移築されたのは2017年4月。それが太宰治ゆかりのアパート「碧雲荘」だ。因みに彼が生涯で居住・滞在した家は青森県の生家を含め75ヶ所もあるという。どんだけ引っ越し魔なんだと思う。いやいや、そもそもなんで湯布院なんだ?そんな疑問も少なくないだろう。
実はこの「碧雲荘」、地元東京では取り壊しが決まっていたのだ。住民らは「文学的価値がある建物を保存してほしい」と要請していたが、解体は決定に。それを聞きつけたのが湯布院の旅館経営者。なんと約2億円をかけてはるばる東京からこの湯布院へ移築を決行したのだとか。移築中は熊本地震にも遭遇したが、ベテラン宮大工によって碧雲荘は間取りも方角も当時のままに移築されたという。
そしてお笑い芸人・芥川賞作家の又吉直樹氏は大の太宰治ファン。当然、碧雲荘保存活動もしていたが、湯布院への移築に際しては、碧雲荘の玄関前にあった石灯籠や庭の桜の木を自腹で運んできたという。時折、湯布院の碧雲荘を訪れ、静かに読書にふけっていることも。実は1階は喫茶室となっており、当時の間取りのまま好きな部屋でコーヒー片手に過ごせる。書棚の本も自由に読める。喫茶室から庭に目を転じると例の石灯籠や庭木が見える。太宰ファンと又吉ファンがやってくる由縁だ。
一個人太宰治と作家太宰治の間に
木造の和洋折衷建築の碧雲荘は玄関が2つあり、向かって左が先の1階喫茶室へ通じ、右が2階の下宿部屋へと続く。かつては1階が大家の住居だったのだろう。2階には下宿部屋が5部屋あり、その全てに銘木を使った床の間を配している。現在はそれぞれの部屋に太宰の作品名をつけ、読書スペースとして公開している。
27歳の太宰治は奥の8畳間に妻の初代と1936年11月から約7か月間暮らしていたという。麻薬性鎮痛剤中毒で入院した実体験を基に、彼はここで「人間失格」の原型とされる「HUMAN LOST」を書いた。よってその部屋は「HUMAN LOST」と名づけられている。初代との暮らしは波乱を極めていた。太宰は多い時は1日50本もの麻薬性鎮痛剤を注射し、初代の着物を質に入れ、知人への借金を繰り返した。
初代が太宰の義弟と過ちを犯したと知ったのも碧雲荘時代。彼は共同便所の窓から藤さんを眺めながら泣いた。その葛藤を短編小説「富嶽百景」に記している。階段の突き当りにある共同便所と洗面台も当時のまま。階段を上ってすぐの部屋は「富嶽百景」とつけられている。4.5畳ほどの小さな部屋に緑色のソファが置かれている。
「富嶽百景」の隣室は戦後華族の没落を描いた「斜陽」、この二つと廊下を挟んだ部屋は「走れメロス」。モスグリーンの安楽椅子2脚とサイドテーブルを置き、床の間の壁に抽象画を掛けている。そして奥の「HUMAN LOST」と隣り合う部屋が太宰の未完の絶筆「グッド・バイ」。どの部屋も昭和のレトロな家具・調度品が置かれ、各自が好きな太宰の本を持ち込んで過ごすことができる。時間の許す限り、太宰の作品と対話し、一個人としての太宰の人生を振り返る。湯布院の自然、光、風を感じつつ、じっくり過ごしてほしい。
ゆふいん文学の森・碧雲荘データ
所在地 大分県由布市湯布院町川北 字平原1354-26
電話 0977-76-8171
時間 10:00~17:00
休館 無休
料金 入館無料
ゆふいん文学の森・碧雲荘公式サイト
旅の手土産は甘辛2つの地元銘品
旅の締めくくりはやはり手土産購入。旅先の思い出をその地の銘品と共に持ち帰りたい。老舗の「赤司菓子舗」はJR由布院駅近くにあり、「COMICO ART MUSEUM YUFUIN」の行き帰りに立ち寄りやすい。自慢は「しっとり餡ぽてと」(1個250円税込)。上質な味と食感を持つ宮崎産さつまいもで作ったしっとり、ふんわりとした生地に上品な甘さの小豆こし餡がすっぽり包まれている。口溶けは滑らかでしっとり。丁寧にカップ入りになっているので、手土産にも喜ばれそうだ。冷蔵庫で冷やして食べればひんやり食感が楽しめるという。
一方、道の駅ゆふいんでは「由布製麺」のそば・うどんを販売しているが、乾麺なら「ゆふいん麺工房」の「ゆふいん辛麺」(2人前入り750円税込)もお勧めだ。超激辛タイプの旨辛スープがクセになる。辛味ソースで辛さを調節でき、溶き卵を入れればマイルドさも加わってフワフワ食感も楽しめる。残ったスープはご飯を加えて雑炊に。夏に激辛麺を食べて汗を流す。それもまたたまらない。
赤司菓子舗データ
所在地 大分県由布市湯布院町川北2-2
電話 0977-84-2575
時間 10:00~17:00
店休日 不定
道の駅ゆふいん
所在地 大分県由布市湯布院町川上 川北 899-76
電話 0977-84-5551
時間 9:00~17:00
定休日 無休
道の駅ゆふいん公式サイト
由布製麺公式サイト