九州ヒト・コト・モノ 焼酎の島の日本酒づくり
長崎県の離島壱岐では、約500年前から麦を原料とした焼酎づくりが行われてきた。長い歴史で培われた伝統製法によって、1995年に世界貿易機関(WTO)から「地理的表示の産地」指定を受けた。そのため壱岐と言えば麦焼酎であり、焼酎の島。しかし、かつては日本酒造りも並行して行われていた。日本酒が途絶えた壱岐で再び日本酒造りに挑む人物がいる。それが重家酒造の横山太三さんである。
父の代で途絶えた日本酒を再び

重家酒造は大正末期の1924年創業。やはり創業時から焼酎と共に日本酒を造っていた。「明治35年の資料では、壱岐には日本酒蔵が17蔵、焼酎蔵が38蔵あったんですよ」。それが次第に数を減らし、1980年代には日本酒2蔵、焼酎7蔵に。最後に残ったのが重家酒造だったが、1990年に横山さんの父の代で日本酒造りを止めた。当時、横山さんは高校2年生だった。「経営が厳しく、久留米から来ていた杜氏も高齢でしたしね」と振り返る。
日本酒造りを断念した父からは、先祖への申し訳が立たないという引け目を感じた。次男坊であり、蔵元を継ぐという意識が強かったわけではない。しかし、父が生きている間に日本酒造りを復活させる、壱岐で日本酒文化を絶やしたくない。そんな想いが芽生えていたという。

その後は大学進学、そして就職と島を離れて過ごした。そして島に戻ると実家の酒蔵は暗く沈んでいた。兄と二人で酒蔵経営に汗を流し、焼酎を造り、販路開拓に飛び回る日々。その一方で「再び日本酒を」という想いは消えなかった。いや、その想いは膨らんでいった。実は父の代で日本酒造りを止めてはいたが、酒造免許は返上してはいなかった。
2013年に唐津市の酒蔵に頼み込み、日本酒造りの修業を始めた。そこで特別純米酒の「確蔵Our Spirit(僕らの想い)」を造った。それは重家酒造初代の名であり、かつて蔵の片隅に眠っていた古酒の銘柄でもあった。翌年には山口県の澄川酒造の社長に想いをぶつけた。「壱岐で日本酒を造りたい」。社長はその想いを受け止めてくれた。その年から「純米大吟醸 横山50」を販売。こうして夢を実現させるステップを重ねていったのだった。
島の水と米で作る壱岐の酒を

2018年、横山さんは壱岐に念願の日本酒蔵を建設。それが「横山蔵」だ。設計も自ら行った。そして酒造りの決め手は水と米。壱岐の酒は壱岐の水と米で造る。自然豊かで肥沃な大地の島…。しかし、理想の水源はそう簡単には見つからなかった。
「島内の水源を20か所周って、最後にようやく見つけた」のが酒造りに適した軟水だった。酒造米探しも一苦労があった。全国の酒米農家を訪ねては門前払いされた。自前の蔵がない、見ず知らずの人間に酒米は譲れないというのだ。それでも粘り強く訪ね歩き、ようやく一軒の農家が譲ってくれた。そこから徐々に酒米を送ってくれる農家が増えていった。
だが、島での酒米栽培には一つ課題があった。一般的な酒米「山田錦」は海風が強い島では穂が倒れやすい。穂の丈が低く、茎が太い酒米が適している。行きついた酒造好適米は「吟のさと」。「山田錦」と「西海222号」の交配品種で、穂丈は「山田錦」より低いが、味は「山田錦」と変わらない。「酒にすると柔らかな口当たり、きれいな味わいが絶妙なバランスで美味い」。「吟のさと」にすっかり惚れ込んだ。

目標はこの「吟のさと」が長崎県の推奨品種に指定されること。「実は2010年に登録された新しい品種で、福岡県と熊本県はすでに推奨品種指定していますが、長崎県はまだ」と横山さん。そこで県の担当者にかけ合って県の推奨品種にするための試験栽培を2021年から始めた。推奨品種に指定されるには3年以上栽培し、酒として美味いかの実証も必要だという。早くてもあと2、3年はかかるが、「今年も最高級の1等米、2等米が採れましたからね」と自信を見せる。因みに2021年の「吟のさと」で純米大吟醸「よこやまPrincess Michiko 吟のさと」を造り、完売させた。
小さな島から世界へとはばたく

さて、そもそも途絶えていた日本酒造りを始めることに、周囲の反対はなかったのだろうか。その質問に「ありましたよ、父、兄夫婦、妻、全員が反対」と笑った。家族にしてみれば設備投資など初期投資が大きく、うまい酒ができるかもわからない。それでも「絶対やる!」と押し通した。銀行からの融資も取り付け、5年間通った澄川酒造での経験で実績もあった。
中田英寿氏がプロデュースした日本酒プロジェクトで「純米大吟醸横山五十」が選ばれ、イタリアでPR活動ができたことも自信につながった。そこで日本酒はこれから売れるという実感も得た。「島唯一の日本酒蔵」というメッセージ力に自信があった。「最後は家族が自分に賭けてくれました」。
その賭けの結果は売り上げに出ている。兄の焼酎蔵が2割、横山さんの日本酒蔵が8割を占めるまでに。「賭けて良かったと言っていますよ」とまた笑う。現在、通年商品や季節限定品、数量限定品など合わせて25銘柄を製造。2024年は「松尾大社第7回酒-1グランプリ」で「純米大吟醸よこやま Princess Michiko」がグランプリ受賞、「SAKE COMPETITION 2024」で「純米大吟醸よこやま GOLD」がSILVER受賞となった。販路も広がり、海外は8か国で販売されている。壱岐の島に甦った日本酒は確実に世界へと翼を広げている。

所在:〒811-5214長崎県壱岐市石田町印通寺浦200